子どもにアトピーがあると、親として「ごめんね」という気持ちが湧いてくるのは、とても自然なことだと思います。私自身、アトピーのある子どもとして育ったので、その空気をよく覚えています。申し訳なさそうな顔、気遣う言葉、そして時々こぼれる「ごめんね」。
でも大人になった今、振り返って思うのは、「ごめんね」と言われることが、必ずしも子どもを救うわけではない、ということです。
私は小学生の頃、母に一度だけ、はっきりと謝られたことがあります。「こんな体にしてごめんね」と。
そのときの気持ちは、今でも覚えています。正直に言うと、少し恨みました。「じゃあ、悪いのは誰なの?」と、子どもながらに思ってしまったのです。
謝られると、子どもはどこかで「親が悪い」と受け取ってしまいます。親がそんなつもりじゃなくても、「原因がある」「誰かのせい」という構図が、心の中に残ってしまう。これは、かなり長く尾を引きます。私の場合、その感情は思春期まで続きました。
でも大人になってから、ようやく気づきました。
誰も悪くなかったんだ、ということに。
アトピーは、誰かの選択ミスや努力不足で起きるものではありません。体質、環境、時代、いろいろなものが重なった結果であって、「責任」を背負うものではない。頭ではそう理解しても、子どもの頃に刷り込まれた感情は、簡単には消えませんでした。
だから今、もし私が「家族にアトピーの子がいる立場」だったとしたら、「ごめんね」よりも、別の言葉を選びたいと思います。
「誰も悪くないよ」
「人はみんな違うだけ」
「あなたのことが好きだよ」
この言葉の方が、ずっと子どもを自由にしてくれる気がします。
アトピーがあると、どうしても「普通」と比べてしまいます。できないこと、制限されること、周りとの違い。でも、その違いを「不幸」や「罪」にしなくていい。親がそういう姿勢でいてくれるだけで、子どもはずいぶん救われます。
私自身、母がずっと悩みながら、必死で情報を集めてくれていたことを、大人になってから知りました。あの頃は見えなかったけれど、今は感謝しかありません。ただ、もしあのとき「謝る」よりも、「一緒に生きよう」という空気をもう少し感じられていたら、もっと楽だったかもしれない、と思うことはあります。
これは、親を責めたい話ではありません。むしろ逆です。
「ごめんね」と言わなくていい、というのは、親が冷たくなるという意味ではなく、親自身が自分を責めすぎなくていい、という話です。
治してあげられたら、それは理想です。でも現実には、アトピーはまだ「完全に治す」病気ではありません。だからこそ、家族みんなで、できる範囲で向き合っていくしかない。深刻になりすぎず、笑顔で過ごせる時間を大切にする方が、結果的に子どもの心も安定します。
日々のケアや生活の工夫は必要ですが、それと同じくらい大切なのは、「あなたはそのままでいい」というメッセージだと思います。特別な言葉でなくても、日常の態度で伝わります。
この考え方が、すべての家庭に当てはまるとは思いません。ただ、かつて「謝られる側」だった一人として、「ごめんね」以外の選択肢があることは、伝えておきたいなと思いました。
もし、今アトピーのあるお子さんを前に、胸が苦しくなるほど自分を責めている方がいたら、どうか思い出してほしいです。
誰も悪くない。人はみんな違う。
そして、それでもちゃんと、愛されていい。