アトピーは、とにかく周りの目が気になります。
小学校のときも、
中学校も、高校も、大学も。
教室に入る瞬間、電車に乗る瞬間、
「見られているかもしれない」と思うだけで緊張していました。
顔や首に赤みが出ている日は、
それだけで一日が重たくなる。
本当は誰も何も言っていないのに、
自分の中では
ずっと視線を浴びているような感覚でした。実際はそうではないのに。
そこから少しずつ抜け出せたのは、
症状が落ち着いたからというより、
考え方を変えたことのほうが大きかった気がします。
きっかけは、
とても単純なことでした。
「私は、他の人の病気や見た目を
ほとんど気にしていないな」
と気づいたこと。
電車で隣に座った人の肌の状態や、
腕の湿疹、顔のニキビ。
正直に言うと、
見えてもすぐに忘れていました。
特別な感情も持たないし、
その人の価値が下がることもない。
それなのに、
自分だけはずっと評価されているように
思い込んでいたんですよね。
そこで私は、
半ば意図的に決めつけることにしました。
「他の人も、私と同じくらい
他人の見た目なんて気にしていないはず」
根拠があるわけではありません。
でも、そう“決める”ことにしたんです。
本当かどうかより、
その前提で動いてみよう、と。
最初は怖かったです。
赤みがある日も、
「まあ、誰もそんなに見ていないはず」と
自分に言い聞かせる。
会話中に視線が動いても、
「たまたまだよね」と解釈する。
ネガティブなほうに考えない練習、
みたいなものだったと思います。
そうやって接していくうちに、
不思議と世の中はうまく回りました。
からかわれることもほとんどなかったし、
思っていたほど
人は私の肌に執着していませんでした。
むしろ、
私のほうが過敏になっていただけなのかもしれない、
と後から思いました。
もちろん、
本当に心ないことを言う人が
ゼロとは言いません。
でも、それは少数で、
それ以外の人まで
「きっと同じように思っている」と
広げなくてよかったのだと、今は感じます。
とにかく、
自分で自分の見た目に
過敏になりすぎないこと。
これが一番大きかったです。
赤みがある=ダメな日、
ではない。
肌が荒れている=人前に出る資格がない、
でもない。
そうやって、
勝手に減点しないようにしました。
今でも、まったく気にならないわけではありません。
写真を撮られるときは少し緊張しますし、
調子が悪い日は落ち込みます。
でも、
「みんな見ている」という思い込みからは、
だいぶ離れられました。
それだけで、
外に出るハードルはぐっと下がりました。
私が日々やっているのは、
特別なメンタルトレーニングではなく、
淡々とケアをして、
あとは考えすぎないこと。
肌を整えるために続けていることや、
「考えなくて済むようにする工夫」は、
別の記事にまとめています。
見た目を完璧にする、というより、
気持ちを軽くするためのものですが、
参考になる部分があればうれしいです。
見た目を気にしなくなる、というより、
気にしすぎない。
そのくらいの距離感が、
私にはちょうどよかったのだと思います。