私がアトピーになったのは、小学校に入るころだったと思います。はっきりしたきっかけは覚えていませんが、気づいたときには、かゆみや湿疹が当たり前のようにありました。
小学校、中学校、高校、大学と成長する中で、何度も言われてきた言葉があります。
「大人になったら治るよ」
この言葉は、当時の私にとって大きな心の支えでした。今はつらくても、いつかは終わる。そう思えるだけで、かゆみや不便さをなんとかやり過ごせた気がします。
社会人になれば、自然と治っている。どこかで、そんな未来を信じていました。
でも、現実は少し違いました。社会人になっても、アトピーは治りませんでした。子どもの頃のように、ひどくジュクジュクすることは減ったけれど、かゆみは残っていましたし、仕事が忙しくなったり、メンタルが落ち込んだりすると、目に見えて悪くなることもありました。
その頃から、「あれ?」と思い始めました。
もしかして、これは治らないのではないか、と。
年月を重ねるうちに、少しずつですが、「アトピーはたぶん治らないだろう」と悟るようになりました。最初は、その考えを受け入れるのが怖かったです。希望を手放すような気がしていました。
でも、ある時ふと、冷静に自分の人生を見渡してみました。
アトピーは確かに好きではない。できれば無い方がいい。
でも、私は別に不幸ではありませんでした。
好きなこともあります。楽しい時間もあります。仕事で達成感を感じることもあれば、人と笑い合う時間もあります。アトピーがあるからといって、人生のすべてが奪われているわけではありませんでした。
そのとき、考え方が少し変わりました。
「アトピーは私の一部なんだ」と。
それは、諦めとは少し違います。
例えるなら、おばあちゃんの膝の痛みのようなもの。完全には治らないけれど、付き合い方は工夫できる。無理をしない日もあれば、調子がいい日もある。そんな存在として捉えるようになりました。
もちろん、症状がとても軽い人や、原因がはっきりしていて改善できる人は、また違う考え方になると思います。すべての人に当てはまる話ではありません。あくまで、私自身がたどり着いた考え方です。
「治そう」と必死だった頃よりも、「どう付き合うか」を考えるようになってからの方が、気持ちはずっとラクになりました。完璧を目指さなくていい。悪い日があっても、「まあ、そういう日もある」と思える。それだけで、心の負担はかなり減りました。
これまでずっと、そしてたぶんこれからも、私はアトピーではあります。でも、それが私のすべてではありません。アトピーがあっても、選べる生き方はたくさんあります。
このブログでは、そんなふうに考えるようになるまでに感じたことや、日々の中で気づいたことを、これからも書いていくつもりです。何かを断定したり、「こうすべき」と言いたいわけではありません。
ただ、「アトピーは一生ものかもしれない」と感じている誰かが、「それでも生きていけるんだ」と少し肩の力を抜ける。そんなきっかけになれたらいいなと思っています。
これは、一人の体験談です。正解ではありません。でも、私にとっては、ようやくたどり着けた考え方でした。